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ポンプに賭けた男たち
残された社史に基づき、イワキの歴史を紐解いていくこのコーナー。
文字通り「ポンプに賭けた」男たちの熱いドラマをお伝えしてきましたが、前々回からは、昨年(2019年)他界したイワキ創業者である藤中義昭の人生を振り返っております。
前回は、故郷広島で人類最初の被爆者となった義昭が、叔母の家に身を寄せていた頃のお話をしました。父親の遺産を切り売りしては、どうにか食つなぐ日々・・・そんな生活の中で、いつしか義昭の中には「勉強したくてたまらない」という衝動が湧き上がり、静岡県の三島にある日本大学三島分校へ入学することになりました。しかし、誰もかれも自分が食べるのに精一杯な時代。働きながら勉強しようという計画はもろくも崩れ去り、義昭は志半ばで学業をあきらめ、広島へ戻ることになりました。
戦後には「よくあること」だった、と言えばそれまでですが、ようやく少年期を脱しようという少年にとっては、十分過ぎるほど過酷な試練でありました。否応なしに世間の厳しさにさらされ、人生の教訓とでもいうべき貴重なことを学んだのです。
—–人間の心身が、苦しさにどのように耐え、そして限界にいたるのか。
—–ゆきずりの人からの、ひと言の励ましが、どれほど勇気を与えてくれるか。
そして今でも、食べ物に向かうと自然に合掌したくなる感謝の心。心ならずも経験することになった苦労によって、少年は大人になりました。人生の入口で身についたこのような教訓は、その後の人生の大きな指針となっていったことは言うまでもありません。
1948(昭和23)年春、義昭は20歳のときに大阪へ出ました。仕事探しのためでしたが、胸の内には「いつか必ず独立して自分で事業をやろう」という目標がありました。
最初に勤めたのは、クリスタルガラスやアメリカ輸出用の「カバーグラス」を製造する会社でした。カバーグラスとは顕微鏡でものを見るとき、対物の上に載せたり、対物を挟んで標本にする薄いガラスのことです。
カバーグラスは微妙なもので、たとえば軟らかすぎても、硬すぎても出荷できません。それを決めるのは原料の配合でした。原料の配合で、出来・不出来が決まってしまうわけです。アルカリ分が析出してしまうこともあれば、弾力性を出そうとして金属酸化物を多く入れすぎると、デコボコのシマが出てしまうこともありました。
製造には特殊技術が必要なため、競争相手は1社しかありませんでした。毎日夕方になると、親会社である千代田工学精工(現ミノルタ)から工場長がやってきて原料を配合して帰っていきました。こちらの仕事はその原料を使って製造することだけで、原料の配合については社長でさえも知らなかったほどです。
社会人一年生の義昭としては、ガラス会社に入社すれば、その会社の製品については、製造方法から販売まで、全体を知ることができると思っていました。とりわけ、「ガラスは何からできているのか」という知識を一から学びたかったのです。
カバーグラスの製造には特殊技術が必要なため競争相手は1社しかなかったと先ほども述べましたが、高品質が要求されるカバーグラスエ場では、毎日のように、出来・不出来が繰り返されていました。不出来の場合は調合ミスか、窯の焚き方に原因があります。毎夕、調合された原料をルツボに入れ、1500℃の高温で焚きあげます。ムラがあればそのガラスはカレット(屑)として不良品となり、窯場の仕事はありません。
無駄の繰り返しに疑間を持つことが、やがて「ガラスとは何か」「組成はどうなっているのか」という興味や知識欲につながっていったのです。しかし、社長でさえ知らない原料の配合を、自分のような若造が親会社の工場長にたずねることなどできません。そこで義昭は、自分なりに研究を始めました。
工場長が原料の調合を終えて帰った後、誰もいない工場に残って原料の減り具合を調べてノートにつけていくことにし、それを翌日の製品の仕上がりと照合しては、それぞれの原料の特性をつかんでいったのです。
今思えば大胆きわまりなく、見つかればただではすまなかったでしょうが、当時の義昭はただただ夢中でした。理論はガラス製造の専門書を手に入れて独学で勉強し、手探りで研究を続け、原材料の配合からその製品化の過程まで、知れば知るほど興味が湧いてきました。この当時、あまりに真剣に「焼き窯」を見続けたために、少し目を悪くしてしまったそうですが(後に、イワキ社員に自ら語っていたようです)・・・この続きはまた次回にいたしましょう。
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